これは実際にあった驚くべき話です。
精神に不調をきたしていたY氏という患者の退院について意見を訊くため、心理学者と精神科医を二つのグループにわけて、次のように質問しました。
A)Y氏のような患者は、退院後半年のあいだに暴力事件を犯す確率が20%ある。退院させるべきか?
B)Y氏のような患者は、退院後半年のあいだに100人のうち20人が暴力事件を犯す。退院させるべきか?
単純に考えて、Y氏が暴力事件を犯す確率はともに20%です。
しかし、A)では21%が退院に反対したのに対して、B)ではほぼ2倍の41%が退院に反対したという調査結果が出たのです。
小学生でもわかりそうな問題に、どうして心理学者や精神科医といった専門家が、誤った判断を下してしまうのでしょうか?
まず、確率が%(パーセンテージ)で表記されていると、心に響きにくいからといえます。
20%といわれるよりも、100人のうち20人といわれたほうが、Y氏が暴力を振るっているシーンがイメージされやすいのです。
このように表現方法が変わるだけで、選択に大きな影響を与えることは多々あります。
もう一つ、簡単な問題を例に出します。
二つの箱AとBがあります。
箱のなかからくじを引き、あたりが出たら豪華景品がもらえます。
1)Aの箱のなかには、10枚のうち1枚のあたりが入っている。
2)Bの箱のなかには、100枚のうち8枚のあたりが入っている。
あなたはどちらの箱からくじを引きますか?
それぞれのあたりを引く確率を求めると、Aは10%、Bは8%になります。
しかし、ごく初歩的な問題なのにもかかわらず、確率を無視して直感でBを選ぶ人が少なくないのです。
1枚しかあたりが入っていないAの箱よりも、8枚あたりが入っているBの箱の方が有利と感じてしまうのでしょう。
このように確率を無視して、感情的反応によって判断や決定することを「情緒によるヒューリティック」とよびます。
湧き上がる感情が強ければ強いほど、人は誤った判断をしやすく、合理的な思考ができなくなるのです。
さらにもう一つ、例題を出してみましょう。
二つのプロジェクトがあります。
A)推定1万5000人の死者を出す、恐ろしい感染症があります。
しかし、ワクチンの開発が成功すれば、死亡率を3分の2減らすことができます。
B)推定16万人の死者を出す、恐ろしい感染症があります。
しかし、ワクチンの開発が成功すれば、死亡率を8分の1減らすことができます。
あなたはどちらのプロジェクトを支援しますか?
この問題では多くの人が、A)のプロジェクトを支援すると答えます。
2万人助かるB)ではなく、1万人助かるA)を支援するというのです。
これは死亡率を3分の2減らせるという割合のインパクトが大きいため、絶対数の価値(助かる人数)を計算せずに起こる錯覚です。
この問題も感情が引っかかる、代表的な罠の一つといえるでしょう。
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